Mr.都市伝説”教”の教祖 関暁夫くん  このまま大人しく進んでいっても地獄だよ

 昨日、やりすぎ都市伝説や、その前後の関暁夫さんのyoutube配信も視ていた。

 私には、関ちゃんの話はかなり真実を語っていると思っている。言わされて世論誘導している側面もあるが、以前視た時よりも、彼の人の良さを垣間見た気がした。ぎりぎりのところは、彼が勇気をもって語ってくれている部分があると思えるのだ。心配になったくらいだ。

 「いいか、ネット上で批判はするな」という。どういう人間か全部わかって特定されているからと。それが選別につながると。
 私は逆にそれを書くためにブログを再度始めたので、承知の上なので笑って視ていた。

 関くんはまるで、Mr.都市伝説教の教祖のようだと思った。前にも書いたが、全ての宗教は支配構造を造るため、人々を大人しく静かにさせる教えを行っている。逆らったり、窮状を強く訴えたりしてはならない、全ては自分の責任だと。そういう教えを行う一つの新興宗教として、マインドコントロールをしているように思えたのだ。彼自身は本当に人々を救おうとしてやっているのだろう。「新しい世界を受け入れろ」と、「それしかない、逆らうと危ないぞ」と。

 でも、そのままいけば家畜になるだけだ。大人しく流されて行っても地獄だ。関君は少し情報を与えてもらって教祖的になっているが、実際は家畜にされる側の人間だ。前のブログで書いたトヨタの社長も同じだ。竹中平蔵も孫正義も。本人はそう思ってないだろうけど・・・。

 ここで昔話を取り上げる。安倍、麻生や官僚を見ていれば今は違うとわかるけれど、昔は「悪いことをしていれば、結局良くない運命が待っている。良いことをしていれば良いことが起きてくる。」と教わってきた。ある時期までは本当にそのことが機能していた。人が困っていれば、実際に人々の中で金や物や救いの手が回ってくるという不思議なことが起きていた。”他者を気にしていたから”というばかりではなく、全体的に心の余裕があったからなのか、自然にそれが起きていたのだ。

 社会変革も、そのように自然にそうなった、または神様がそのように力を行使して下さったと思いがちだが、実際大きな変革は違う。誰かが勇気をもって、命がけで行動したから変化が起きたのだ。どんな事象も、自然にそうなったわけじゃない。
 大きな社会変革は犠牲を伴う。そんなことをしなくていいように、小さな単位で社会が成り立つようにする必要がある。少し前のブログでもそのことを書いた。今は小さな地域単位で独立していないので、変革には大きなエネルギーを必要とする。

 私には、昨年あたりから「正当防衛」という言葉が頻繁に浮かんできている。イルミナティー側はそういう人々の感情を察知しているので、早く畳みかけようとしてきているのだ。このグローバル化を進めてしまった時代、変革は命がけとなる。
 今、とても苦しんでおられる人が沢山いると思うが、生きられそうならもう少し生きてみないか。私も将来はどうするかわからないが、自分の感性を信じて、やれるだけのことをしてみようと思っている。 悪魔に身を売るなんてしてはいけない。静かにしている必要もない。

 もし神がいるなら「助けろ!力があるなら助けるのは当然だろ!」と叫ぶさ。子供がお腹を空かして訴えてきているのに、痛みつけられて苦しいと助けを求めているのに、その子供を責めるか?

 神は現れない。宇宙人は神じゃない。だから、まずは声を上げて、「助けろ」と言い、そして、「こうしてほしい!」と伝えるしかない。それから、知恵を自らも生み出すことだ。生きもの達(自然)の中、人間の中に神はいるはずだから。

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